トンボ鉛筆100年史 page 28/98
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概要:
トンボ鉛筆100年史
第2章戦後復興と事業多角化1945?19471945[昭和20]9『日米会話手帳』発行、360万部の売れ行き10 GHQ、経済民主化など5大改革を指令11写真修整鉛筆「8900」発売(黒軸)、1本30銭12 GHQ、国家と神道の分離を指令1946[昭和21]2金融緊急措置令公布施行(新円を発行、旧円預貯金は封鎖)天皇巡幸始まる3物価統制令公布施行、価格等統制令廃止5文部省が「新教育指針」を教師と生徒に配布飯米獲得人民大会(食糧メーデー)挙行7 NHKラジオ、「尋ね人」放送開始9文部省、国民学校の歴史教科書『くにのあゆみ』を発行11政府が当用漢字表と現代かなづかいを告示―青軸の「8900」発売、1本50銭1947[昭和22]2東京鉛筆工業協同組合設立3教育基本法・学校教育法公布、義務教育の9年制と男女共学などを規定4新学制始まる6・3制小学校・中学校発足労働基準法公布(9月施行)5日本国憲法施行―第1期工場復旧工事完了―M.レイノルズ来日、ボールペンの販売促進を図る戦後復興へ――事業を再構築1945(昭和20)年8月15日、戦争は終わった。混乱と不安が渦巻くなか、トンボ鉛筆はいち早く事業再建へと動き出す。このとき、すでに王子工場の生産高は、月産3000グロス(43万2000本)まで回復していた。8月15日以降、復興は加速し、翌年春までに第1期工事として墨芯工場が竣工する。次いで、木工工場や塗装工場、従業員宿舎などを整備する第2期工事が1948年に完了し、柳橋の本社や工場事務所を含めた第3期工事は1950年に完成をみる。トンボ鉛筆は、春之助と八郎が両輪となって、戦後社会に挑んでいく。事業再建において、春之助と八郎が示した優先着手の経営判断はみごとであった。製造現場、製造設備、そして最後が本社だった。製造業の経営哲学が伝わる。業界各社の協力による事業の拡大事業再建には多額の資金が必要だった。剣をペンに持ち替えた新たな国家は、筆記具メーカーの資金調達を支援した。復興金融金庫をはじめ、多くの金融機関と文具流通各位が再建を支えた。写真修整鉛筆8900(1946年発売)写真修整鉛筆8900(1945年発売)28